「技術理解を武器に経営課題を解く」
SIer出身者がクオンツ・コンサルティング参画を決めた理由
日系SIerのフロントSEとしてキャリアをスタートさせ、現在はクオンツ・コンサルティングのアソシエイトパートナーとして活躍する島田さん。なぜ、安定した環境を飛び出し、設立間もないベンチャーファームへの参画を決意したのか。前編では、日系SIer時代での「一人称」で動く経験から得た原体験や、システム導入の限界を感じてコンサルタントを志した転機について深掘りします。また、エンジニア出身だからこそ持てる「現場への共感」を武器に、いかにして経営層と対等に渡り合う視点を獲得したのか。SIer出身者がコンサル業界で真のバリューを発揮するためのヒントを探ります。
SIerからキャリアをスタートさせた理由
―まずはこれまでの経歴についてお聞かせください。
新卒で入社したのは、会計や販売管理などのERPパッケージを展開するベンダーでした。最初は開発本部にて製品の企画・開発に携わり、その後、現場のフロントSEとしてお客様への要件定義や導入支援を担当いたしました。その会社には7年ほど在籍しておりましたが、6年目からは組織長としてチームを率い、受注や売上の責任を担う立場となりました。最終的にはPM(プロジェクトマネージャー)に近い役割を果たしつつ、プリセールスとして新規営業の提案活動に同席するまでが、最初のキャリアで経験した内容です。
―当時、新卒入社しようと決めた理由は何だったのでしょうか。
当時は大学院への進学と迷っていましたが、数学・情報系の学問を専攻していたため、民間企業に就職する場合はITに関わる仕事に携わりたいなと考えていました。そのため、就職活動ではSIerを中心に選考を受けていましたね。
―開発部門や自社プロダクトを持つ企業をメインに検討されていたのですか。
必ずしも自社パッケージにこだわっていたわけではありません。ただ一方で、規模が大きすぎる組織には、会社説明会の段階であまり関心を持てませんでした。大手企業のお話を聞いていると、どうしても自分が「組織の歯車」になってしまう感覚が否めなかったからです。それよりも「一人称」で主体的に動ける環境を求めていました。ファーストキャリアで選んだ会社は超大手という規模ではなかったので、ここであれば若手のうちから裁量を持って物事を取り回し、自分自身を成長させることができるのではないかと考えていました。
コンサルティングファームへの転身
―そこからコンサルティングファームへ転身されたきっかけを教えてください。
日系SIer時代、収支管理システムを通じて管理会計に近い領域を担当していました。例えば、お客様の中で採算の悪い案件を可視化しガバナンスを強化していくのはどうか?という提案をしても、お客様からは「それをやったところで、自分の評価制度には関係がない」といったお話をいただくことがありました。その際、システムを入れるだけではなく、企業の評価制度やガバナンスの在り方といった、SIerの立場では踏み込めない「お客様の内部の仕組み」そのものを変えなければ、本質的な課題解決には至らないのではないかと痛感したのです。上流工程を担うコンサルティングファームの存在を目の当たりにし、自分もその領域で支援を行いたいと考えたのが転身のきっかけでした。
―SIerからコンサル業界へ移る際、多くのエンジニアが「現場感」と「経営視点」のギャップに悩むと言われます。
島田さんはその壁をどう乗り越え、強みに変えてこられたのでしょうか。
経営視点とは、私なりの定義では「ヒト・モノ・カネ・時間」という経営資源をどこに配分すべきかという判断軸です。それが企業の稼ぐ力や生産性、ひいては成長ストーリーに即しているかを問うことだと思います。エンジニア時代は「与えられた要件を確実に実現すること」が正解でしたが、コンサルタントは「なぜそれを行うのか」という根源的な問いから入らなければなりません。
この壁を超えるために意識したのは、お客様の中期経営計画を読み込み、日々のコミュニケーションを通じて「もし自分が経営層だったらどう意思決定するか」を徹底的に憑依させて考えることでした。「本当にこの優先順位で正しいのか」といった物差しを持ち、思考の枠を拡張し続けることが必要だったのだと感じています。
―逆に、SIer出身だからこその強みはどのような点にありますか。
一つは、実務の解像度が非常に高いことです。ものづくりの難しさや、障害対応で現場が疲弊する状況を肌感覚で理解しているため、エンジニアの方々に深く共感することができます。システム開発において、要件定義がどれほど立派でも、実際に形にするのは開発現場の方々です。開発現場に無理を強いても決して良いものは生まれません。いかにエンジニアを味方に付けるかはプロジェクトの成否を分けます。以前のプロジェクトでも、毅然とした調整を行うことで現場の信頼を得て、遅延を解消した経験がありますが、開発現場のリアルを知っているという点は大きな武器になりました。
また、WBS(作業分解構成図)の作成や課題管理といった、物事を整理して順序立てて進めるプロトコルを習得していたことも、コンサルタントとしての立ち上がりの利点となりました。
―時には現場とクライアントの板挟みになることもあるかと思いますが、どのようにバランスを保っていますか。
「守れない約束はしない」という一線を引き、合理的な範囲を見極めることです。
お客様のご機嫌を取るために安易に「できます」と言っても、約束を違えば結局は信頼を失います。日系SIer時代に慕っていた上司の言葉ですが、「イエスを言って得られるのはご機嫌、ノーと言って得られるのが信頼」という教えは、今でも私の信条です。
―島田さんが慕われていたその上司の方は、どのような方だったのでしょうか。
「部下を勝たせる」という姿勢を一貫して持っている方でした。困難な状況でも、単に下に仕事を投げるのではなく、自ら戦ってセーフラインを確保し、チーム全員が成功体験を得られるように座組を整えてくれる。そのようなマインドを持つ方は、コンサル業界に移ってからも非常に信頼される存在だと感じています。
なぜ、設立間もないクオンツ・コンサルティングだったのか
―大手総合ファームを経て、当時設立間もないクオンツ・コンサルティングへ参画された決め手は何でしたか。
決定打は、代表の佐上と直接話をしたことに尽きます。佐上は「日本の生産性を向上させたい」「付加価値の高い会社を増やして日本を強くしたい」という高い志を掲げていました。もともとファーストキャリアの会社を選択した根底にある考えも「日本を強くしたい」という想いだったため、その情熱に触れ、ここに身を置けばコンサルティングの枠組みを超えて、日本の経済成長に直接的に寄与できるのではないかという期待を抱きました。
―立ち上げ期の組織に飛び込むことに不安はありませんでしたか。
官僚的な組織や上下関係が強い環境は肌に合わないと感じていたため、不安というよりも期待の方が大きかったですね。既存の組織に留まるよりも、未経験の領域に飛び込み、より大きな裁量を持って挑戦できる環境に身を置くことで、自分が成長できると考えました。
(後編へ続く)
■後編はこちら:https://career.quants.co.jp/248/
